バスを降りて歩くこと10分。
湯けむりの代わりに、駐車場のアスファルトの匂いが鼻をついた。
目の前に現れたのは、スーパー銭湯。
看板のフォントが少し古くて、妙に落ち着く。

今日の目的地は、ここだ。
人が作った「癒しの装置」に、素直に身をゆだねてみようと思った。
温泉街のような風情はないけれど、
この“手軽さ”こそが、いまの自分にちょうどいい。
開店20分前に着いたというのに、駐車場にはすでに十数台の車が止まっている。
そして入り口には、年配の方が列を作って楽しげに会話をしている。
その「内輪感」にどことなく居心地の悪さを感じて、少し近くを歩くことにした。
銭湯の裏には茶畑が広がっていた。
光沢のある緑の葉の上に、朝露が宝石のように輝いていた。
茶畑に建てられた看板は、サビだらけで年季を感じさせた。
くすんだ茶色が、緑の光沢をより引き立てた。
開店時間になり、浴場に入ると、平日の朝だけあって程よい混み具合だった。
まずは流し場で身体全身を清める。
流れていく泡に疲労も託し、一緒に流れてもらう。
身体が綺麗になったところで、日替わり湯で身体を温める。
薄緑に濁ったお湯に肩まで入ると、
もわっとした温もりが身を包み、皮膚を撫でるような感覚に、思わず「あぁ」と声が漏れる。
しばらく温まったのち、今回のお目当てであるサウナへと向かう。
扉を開けると、熱気でくすんだ茶色の木の壁がかすかに見える。
慎重に入っていくと、ピリッとした熱さが肌を刺す。
入り口の対角線になる、上段の端に腰を下ろす。
「ここからは自分との戦い」
そう心で呟き、備え付けのテレビに目を移し、
熱さからは目をそらす。
メジャーリーグのニュースが流れている。
アメリカで活躍する日本人選手。
何億という年俸。
スーパースターという名声。
幸せな家庭。
この人は自分にないものを全て手にしている。
しかし有名人すぎるが故に、
どこにでもある銭湯で、平日からサウナでくつろぐなんて些細な幸せは手に入らない。
「自分は幸せだ」
そう言い聞かせて自分を慰める。
「きっとプライベートサウナとか使えるんだろうな」
という自分が出した反論を押し殺して……。
熱さで滴る汗に快感を覚え、やがてそれが限界へと達する。
「もうダメだ」
それを2回我慢したところで、外へ出る。
次に向かうは水風呂だ。
入る前にしっかり汗を流したら、一気に水の中へ浸かる。
始めは皮膚が熱の膜をはり、冷たさを感じない。
しかし、ある時を境に一気に火照った身体が冷えていく。
次第に浸かっていない顔まで冷えてくると、
頭の中がスーッとしてくる。
それがだんだんとフワフワした感覚になり、
これが最高に気持ちがいい。
ある程度浸かったら、そのまま外へ出る。
露天の横に置かれた椅子を水で流す。
気持ちの問題だが、これで椅子がキレイになった気がする。
ドカッと座って、澄み渡る青空を眺めてまだ少し残った熱気を冷ましていく。
この瞬間が人生で1番リラックスしているかもしれない。
しかし、この時間は何もしていない。
何もしていないと、自然と考え事をしてしまう。
自分はネガティブなので、仕事の事や嫌なことを思い出してしまう。
なので、この時間はマインドフルネス瞑想を行うようにしている。
無になる。
難しいことは考えず、ただ呼吸に意識を向ける。
湯気の向こうで、少しだけ心が軽くなる。
身体が冷えた頃に、横にある露天風呂へ浸かる。
ここのスーパー銭湯は天然温泉だ。
温めの温度が少し冷えた身体にちょうどいい。
そして再び中へと戻る。
サウナに入る前に、高濃度炭酸泉に入る。
炭酸泉には血行を促進して、
肩こり冷え性の改善や疲労回復効果がある。
のんびり浸かっているうちに、身体いっぱいに気泡が包まれる。
自分の身体が炭酸の泡に溶けていくようだ。
これが終わると、またサウナへ行き、これまでの流れを心ゆくまで楽しむ。
近年のサウナブームで、サウナに入る時間や水風呂、外気浴の時間まで決まっていることがある。
しかし自分の場合は、どのお風呂も満足するまで入って、満足したら出る。
それが1番心地よい。
お風呂から上がるタイミングもある。
それは喉がカラカラになった時だ。
朝のジョギングもサウナも、
全てはこの後のお楽しみの為の序章に過ぎないのだ。


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