お風呂から上がり、木目調の通路を抜けて真っ先に向かったのは、
お食事処だった。
胸の奥が小さく高鳴っている。
ワクワクしすぎて、手がかすかに震えているのが分かる。
頼んだのは「生ビール(大)」と「おつまみセット」。
この一杯のために、朝から逆算して行動してきた。
券を手渡すと、店員のおばちゃんがにこやかに言う。
「すぐにご用意できるから、待っててくださいね」
ふっくらとした頬、穏やかに垂れた目尻。
その優しい表情は、どこか恵比寿様を思わせた。
この短い待ち時間さえ、永遠のように感じられる。
やがて、恵比寿様から手渡されたビールは──
エビスではなく、キリンだった。
ジョッキの表面には真っ白な冷気がまとわり、
唇を寄せたら張りつきそうなほどに冷たい。

朝のジョギング、サウナ、水風呂。
すべてはこの一口のための準備だった。
限界まで我慢していた身体は、席につくや否やビールを受け入れる。
唇に痛みに似た冷たさが走り、液体が喉を滑り落ちていく。
炭酸の刺激が喉を駆け抜け、
カラカラに乾いた心までも一気に潤していく。
耳の奥で「ゴク、ゴク」と響く音が、幸福のリズムを刻む。
「ぷはぁ……」
思わず、声がこぼれた。
火照った身体に冷気が染みわたり、
次第にみぞおちのあたりがじんわりと温かくなる。
顔の血の巡りが早まり、再び火照っていく。
最初の一口を超えるビールの旨さはない。
何時間もかけた準備が、この一瞬で報われる。
儚くて、贅沢で、完璧な時間。

そこからは、アルコールの高揚感とおつまみの優しさに身を委ねながら、
本を開く。
物語の展開がハラハラと加速するにつれ、ビールも進む。
おかわりを重ねるごとに、
アルコールを燃料とした高揚感が身体の奥で膨らんでいく。
活字が光を帯び、インクの香りが心を引き寄せる。
いつのまにか、登場人物の一人として物語の中に立っていた。

つまみ、ビール、読書。
その繰り返しが、幸福という養分をゆっくりと身体に染み込ませていくようだった。

満足の余韻を抱いたまま、締めくくりはマッサージ。
温もりと心地よい痛みに身をゆだねながら、
「最高の休養」という言葉の意味を、静かに噛みしめていた。


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