卒業祝いの赤飯が廃棄 【一人言 時事】

一人言

3/11に卒業祝いの給食に御赤飯を出そうとしたが、震災のあった日にそれはないんじゃないかと意見があり、給食が廃棄された。
そして、生徒たちには備蓄のカンパンが出されたというニュースを目にした。

ハッキリ言うが、私は事なかれ主義だ。
「震災の日に御赤飯はない」だの、
「卒業を控えた生徒にカンパンはかわいそう」だの、
「なぜもっと早く気づかなかったんだ」だの、それらの意見は全部わかる。

自分はミスが多い人間なので、ミスした人の気持ちが痛いほどわかる。
「震災があった日だから御赤飯を出そう」なんて考えて献立を作ったはずがない。
ただただ、「生徒たちの卒業をお祝いしたい」という気持ちしか感じられない。
そこに、震災の日を忘れていたというミスがあったのは事実だろう。
でも、自分だってそのようなミスを犯さないとは言い切れない。
だから私は、それぞれの言いたいことがわかるから、なんとも言えない。
なので、何も言わない。

ただ一つ、今回思ったのは、カンパンを出された生徒たちについてだ。
正直言って、かわいそうだと思った。
学生時代の楽しみの一つである給食がカンパンだなんて。
御赤飯が嬉しいかどうかは、人それぞれだが。

しかし、ツイてない人生の先輩が思うのは、
「そういえば卒業祝いの給食、カンパンだったな」って笑って友達と酒を飲めるくらい、幸せな人生にしてほしいということ。

平穏無事に終わった卒業なんて、正直おじさんになると覚えていない。
「卒業祝いの給食があったから、今の自分がある」なんて、ただの一度も思ったことはない。

そんなことより、失敗とか強烈に印象に残っている思い出のほうが、のちのち酒のつまみになる。

先日、友人に誘ってもらった誕生日会という名の同窓会に顔を出した。
人付き合いの苦手な自分が、なぜ同窓会に行ったかはコチラを。

気が重かったが、行ってみて思ったことは、本当に楽しかったということだ。
友人に恵まれていたのだと、改めて感じた。
コミュニケーションが苦手な自分にも、気を使わずに接してくれて、こんな自分でも楽しめた。

そんな会話の中でも盛り上がるのは、学生時代の思い出だった。
そういう時に話題に出るのは、失敗とか怒られた話とかだ。
その時はイヤな思い出かもしれないけど、
時の流れで浄化されると、最高に盛り上がるバカ話になる。

そんな学生時代を過ごせたこと、そんな友人に出会えたことが幸せであり、ありがたいことなのだと思い知った。

どうか、未来が無限に広がっている生徒さんたちには、友人と自分の人生を大切にしてほしい。
そして、いつかその友人と、
「あの時の給食、カンパンだったよな」
と笑いながら、カンパンをつまみに酒を酌み交わしてほしい。

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